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数年間かかったのか。宇宙人との遭遇に伴ったスピリテュアルな経験を吸収し、どうにか処理ができるまでは数年間も。
最初、言葉で説明できないワンネスの経験、宇宙人とのコミュニケーションの内容がめちゃくちゃだったごろ、あれからゆっくりと自らの経験を重ねて来てきた結果(なのか?)、全体的な見方が時々見えてくるような気がする。
このブロッグを初めてごろに一度は書いたが、宇宙人とコミュニケーションという体験自体がなくても、スピリテュアルな経験が他の方からやがってくると、僕は、信じています。
つまり、UFOを見なくても、宇宙人に会わなくても、スピリテュアル的には他の方法でいろいろ勉強ができるということだと思っています。
宇宙人に出逢うのが意味がないというわけではない。ただ、各レベルでスピリテュアル的な勉強ができることで、宇宙人だからと言って一番有益な経験だとは限らない。もっとも、スピリテュアルのレベルで「上」から「下」までという情報流れの形を、ここで、強く否定したい。自分からして、よく間違ってそう思っていた。

宇宙人とのコミュニケーションが始まった頃、かれらが一番最初に集中してやったのは、僕と自分の家族との複雑関係を緩和することだった。それに、何年も会わなかった親戚と再会させて、「自分とは何/だれ?」を深める努力を強めさせた。
彼らの惑星とか、文化や言語などよりも、人間としての経験をもっと徹底的に生きさせてきた。それは、彼らの教え/メッセージ/伝えた内容/交換した情報。
人間としての経験は、一人として生きているのはなく、「網」のような魂のネットワークでノードという一人として、周りのノードと情報/経験/感覚を交換しながら宇宙を体験するというイメージがいつも頭に繰り返していた。一人ではないことがいつも誇張された。要するに、環境と一致するイメージだろうか。

だからこそ、周りの魂と仲良くすることが基本。

それは、あの頃からも、今でも、やっていきたい方向。宇宙と緩和、環境と一致、人と仲良く。自然と一人として生きていくこと。

ワンネスって、幽体離脱なのか、ヨガの一つなのか、瞑想なのかよく分からない。ただ、空を見る時にたまたま、あるピュアで光っている強い気持ちが出てくる。その気持ちは、宇宙の全体を感じること、地球だけでなく、宇宙の各角に存在する「生」を心で感じて、宇宙=音楽=光=愛という不思議な気持ち。音を聞きながら、光が見える。光を見ながら、愛が感じる。愛を感じながら、宇宙が見えてくる。宇宙を見ながら、「生」が感じる。「生」を感じながら、愛で心がいっぱい。言葉でなんと説明すればいいか、今もよく分からない。その時、頭の中で「時間」が無効になる。

そして、涙がこぼれる。生きるって最高な経験。精一杯生きていきたいという気持ちで心がいっぱい。

できたら、この心で毎日を過ごしていきたい。

皆さんも、それぞれ人間の体験を心いっぱいで楽しんでください。
心配する必要が一切ない。宇宙はいつもそばにいるから。

皆さんも宇宙とよりもっとコミュニケーションができるように。
そう願ってはやめません。

ここで、このブログをやめさせていただきます。いつもご拝読、心から感謝します。m_ _m

A bientôt!

経路、chemins

FEA(ヨーロッパ飛行物同盟)のサイトがリーニュアルしましたというメールが昨日受信トレイに入り込んできた。聞いたことないグループなので、最初はなんだろうと思った。

去年から、宇宙人と接近したことある/拉致された経験ある人を集めて、これから人間と宇宙人がどんな関係を作り出すのを研究するグループに、UFOの目撃者として、申し込んでみて、多数なメンバーと会って話し合うこともできた。このグループを作った人はパリに住んでいなくて、年に一回か二回ぐらいメンバーを集めるのである。前回はレポタージュを作るため、UFOの目撃者と宇宙人と接近または拉致された経験のある人の話をカメラで撮ったり、その後は意見を交わしたり。メンバーとしていろんな人が参加してきて、南フランスの有名なUFOの現れを見た人の知り合いもいた。

その人からFEA(ヨーロッパ飛行物同盟)の新しくなったサイトのお知らせが届いた。

期待せずにサイトを見てみたが、なんとなく、UFOの経験のない人から作られたような感じがして、上辺な研究に過ぎないじゃないかと思った。それはいいことがどうかを別にして、UFOを観察すること、宇宙人と接近すること、コンタクトすることがどれだけ「経験者」の人生に影響を及ばしているのか、体に印が残るかどうかに問わず、人間としてどれだけ変わってきたかのを考える必要性があると思うから、物質にしか過ぎない研究にはどうも信用できない。例のサイトで、目撃者がUFOを見た後、拉致された後に心理的な健康や体の調子を測ることがメインで、心理的な影響は「精神病気理学」の理論の目でしか考えされないようになっている調査なのだ。

簡単にいうと、UFOと関わった後の経験者はどこまで不健康になったかという調査を行ってから「UFOの正体」を理解しようとすること。

実際に会った人なので、自分の話をした時も、そういうふうに取られたにちがいない。当時、物質な次元を超えて、もっと目が見えない方向へ導くことがしなかったのは私のミスかもしれない。

そういう考え方が「目で確認できる世界が実際の世界」という考え方から生み出されたのかな。

実際に見せるものなら、自分が手元にあるのはUFOの写真二枚しかない。しかも、経験したものがこの写真二枚で分かることが不可能。逆に、写真がない方がいいと思う。証明者として立ってるわけではないから。そして、一番面白い(人生的に勉強できるのは)宇宙人の存在自体ではない。宇宙の見方のスケールが変わることだ。そして、「生きる」という経験とは?

そういう基本的な疑問に答えるのに、物質にしか頼らない傾向やカルトに近い想像力の多いグループの間に、まだスペースがある。

目で見る世界は一部だけだ。宇宙は広い。脳で想像できない広さなので、まずは脳で世界の判断をやめた方がいいじゃないかと。

空の雲を超えて、真っ黒な宇宙が招く。それは遠く見えない世界ではない、すぐそこだよ。すぐそこだから、簡単に忘れるかもしれない。

いつか、また、宇宙人との経験がシェアできるかな。といっても、「宇宙」との経験のシェア。

どんな経路でシェアができるのだろうと最近、改めて疑問なのだ。

北極、plein Nord

Permafrost?

「永久凍土層」とは?文字の通り、永久的に凍ってある土のことだという。主に、ロシアの北の方やカナダのイヌイット民族が住むエリアの土はそうであって、また、そこらへんの海の底も永久凍土層になっているという。夏になっても土が凍ったまま。冬になるともっと固く凍ってくるはずだろう。だから「永久」つまり「季節に問わず」凍ってるなのだ。凍ってある土というのは、岩のように固くて、掘りにくくて耕すことはどうもできないのだ。

地球の温暖化によってその永久凍土層が、初めて、溶き始まったと、世界の科学者が声を上げて発表しつつある。

北極研究所(または北極研究センター)という言葉を始めて聞いたのはつい最近なのだ。フランスにもそういう研究を行っているところがあることも、しかしながらマスターレベル(大学5年生)でパリの郊外で勉強できるものだということも初耳だった。

先週、台湾から戻ってきたフランス人の友達が、今年(フランスでは大学で勉強する年間は9月から次の年の6月までの期間となっている)北極研究所で卒業する予定なのだ。彼と知り合ったのは、台湾の時だった。彼は南フランスの中国語学部の卒業するまでの三年生と四年生は台湾で二年間も留学。中国語が流暢彼は、ロシア語にある日興味が引かれて、台湾でロシア語も勉強し始めたという。

帰国(フランスに戻る)した時に、これから北極研究センターに入る彼に再会ができて、なぜ?中国語とどんな関係があるの?と疑問に思っていたいろいろの話が何時間も止まらないことだった。

そうだ。なぜ今北極なのか?

地球の温暖化で永久凍土層が溶き始めると、今まで想像できないぐらい可能性が膨らめるという。まずは国際経路の拡大。ニューヨークから東京までの商品運輸は以前パナマ(中アメリカ)経由でなきゃいけなかったが、これから北極経由で行けたら、時間の節約からして、利益の面も、目に星がいっぱい。

問題は、領土権利。北極は国際経路なのか?ロシアやカナダによってそう簡単にはいかない。グリーンランドも今まではダンマークの領土とはなっているが、独立の動きがすでに沸き始めたという。自然資源をむさぼり食いする中国もカナダとロシアに圧力をかけ始めた。

地球の温暖化によって、地球どころか、人間世界も、自然もいろんな方向へ変わっていくにちがいない。観点によってそれは良い方向へまたは良くない方向へ。

石油という真っ黒な液体は、皮肉的に、大昔に存在していた植物や動物(恐竜を含めて)の「死体」からできているという。永久凍土層にもその貴重な資源があると予想されている。植物や動物に死体の分解からできているものは石油だけではない、もう一つのもある、それはメタン。なぜか、永久凍土層の中にはメタンが大量にあるのだ。恐竜が存在していた頃、植物が豊あの頃、きっとあの頃から土の底にある石油やメタンができたのだろうね。凍っていた土の中ではそのまま今まで眠っていたが、今度の溶き始めた凍土層からガス状のメタンが大気に散らされている。

メタンはなんだというと、Wikiによると「メタン (methane) は最も単純な構造の炭化水素で、1個の炭素原子に4個の水素原子が結合した分子である。化学式は CH4。和名は沼気(しょうき)。分子は炭素が中心に位置する正四面体構造をとる。」というものだ。なかなか面白そうだな。

もうちょっとWikiを引用してみようとしたら、もっと面白いが出た:「メタンは強力な温室効果ガスでもあり、同量の二酸化炭素の21倍の温室効果をもたらすとされている。」(Wikiありがとう。自分の単純な日本語でうまく伝えられなかっただろう。)

パズルの一つ一つを組み合わせるように、これからはなかなか面白いな時代に入るはずだなと期待してもいいのでは...

私たちの目の前で、なにが起こっているのだろう。ただの動きなのか。それとも、全体なスケールが見えない何かが始まったのじゃないか。

北極が溶くと、当然その環境で生きていた動物も植物もなくなるんじゃないか。そして、気候の変更はどれだけ地球全体に影響を及ばすのだろう。ただ、それは、石油や経済的な利益に対してどうも相手にはなれない。つまり、バランスが取れた自然環境の方が、人間の私たちにとって優先ではないのだ。それは誰でも分かる事実。

宇宙の中では誕生と崩壊は二つに分けられていない。両方は一つのプロッセス。美しいなプロッセス。自然の崩壊は、ワンネスを体験した時に何回も繰り返して心深く感じたもので、悲しみと美しさの合わせた気持ちが心に溢れていた。

誕生と崩壊は一つのプロッセス。美しいプロッセス。

以下はメタンの分子と、科学者に観察された海の底から大気に上がっていくメタンガス。

以前のポストの中で、何回も話した内容で、「またか!」と思われるかもしれないけど、奇跡のリンゴを書いた木村さんが説明したように、自然そのものは生きているネットワークなのだと、今日改めて本当だなと思った。
フランスのパリという町が人口密度が高く、町自体が大きくなれないから、公園やそう言ったクリーン・スポトはパリ人にとってはすごく大切。バルコニーのばいアパートは殆どで、窓の外に植物を植えるのもヨーロッパ趣味の一つかもしれない。植物といえば、観葉植物だけじゃなくて、野菜や果物の木、栗の木もそれぞれの窓の外に鉢の中で町をあちこちに緑色を加えてくる。
僕のアパートもバルコニーがない。けれど、植え鉢を置くスペースはちょっとあるので、できるだけこのスペースをうまく使おうと年々考えていろいろ植えてやってみた。
数年間前、トマトと茄子を植えてみた。その次は、芋と唐辛子だった。今住んでいるところでは、食わず芋は家の中で、窓の外は豆、オークの木。今年は、親にもらったブルゴーニュの葡萄の木とカボチャ、と芝生、または知らない間に現れてきた植物も何個もある。
僕にとっては、目の当たるところに緑さえあれば、心が癒すというのはあるからだ。
今日、家に帰ってきたら、「お客」が訪ねていたのだ。葡萄の木を登りながら、お祈りするように、カマキリがいた。
こんな小さなクリーン・スポットなのに、ここまでやがってきたことで、感謝の気持ちで心がいっぱいになった。
そこで虫などが取れるかどうか分からないけど、ただ、この小さいな自然なスポットで休憩だ取れれば、それさえで満足。この小さいなクリーン・スポットも自然と繋がっているということだ。
今日、それまでは南アメリカで森を保護するために活動しているフランス人を紹介する記事をよんでいたところだったので、アマゾンの森がどんなに早くなくなっているという重いテーマで心が心配ばっかりだったが。
こんな小さいな「訪ね」があったこそ、少しでも希望を与えてくれるという言葉が大げさかな。

以下は今日の「お客」の写真と、アパートの窓の外のと周りにある小さなグリーン・スポット。

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あっという間に、もう8月になってきた。7月の更新もせずに夏の終わりに向かっている今日まで至る。
更新はたいへんお待たせしました m_ _;m

「第三の目の目覚め」というタイトルがネットのどこかから目に入ってきて、コンピュターのプログラミングの職業のフランス人が歩んできた「自己流のシピリチュアル道」という内容紹介で、さっそく、この本をゲット。

カバーからしては、なかなか目立てる。(以下の写真)

十年前以上、始めて「魂の音波」を感じて、謎にしか思えなかったこの独特な感じが、フランス人が書いた本にも出ることと、彼の生活の中で完全に魂の音波を感じ取ることが何気なく普通であるように思うことにとても嬉しく思った。
なんとなく、考え方が進んでいるというか、よりもっと幅広くスピリチュアル的な経験を受け入れられるようになるんじゃないかと。あと、フランスでもこういう人もいることも。
目で見えない魂、宇宙人のこと、または自然のスピリットの話がこの本にも出る。これからもっと広い意味で宇宙を見えることが可能にのだろうなとこの本を読みながらフッと思った。

彼が、瞑想を6ヶ月間も毎日続いてやった結果、ある日、突然、第三の目が覚めたという。あれから、人のオーラや目で見えない魂の存在などが手で触るようにはっきりと感じ取れるようになったのだ。あれから、自分の人生をよい方向を向かさせようと、彼自身の魂の「不解決」な部分を癒ししようと、目で見えないスピリットや(彼が呼ぶ)天使(?)、または自然のスピリットの助けを借りて、人生/魂/宇宙/神/人間関係などについていろいろ考えられるようになって、すこしずつ魂の「不解決」なところを癒すという。

タイトルの下に、「90経験を体験したスピリチュアルの独学者」のサブタイトルが内容を語る。

そう、スピリチュアルって、冒険みたいに生きている間に面白く体験しないものじゃないと無駄な経験になるのかもしれない。つまり、心配も後悔もなく、精一杯「今」を楽しむこと。それは基本かも。

残念ながら日本語版はまだだと思うけど...

たまたま、新聞の記事が入っている封筒が届ける。それは、いつもお母さんから届くもので、彼女が読んだ面白い記事を、ハサミで切ってもらって、何のメモもなく封筒に入れたまま、郵便で送ってもらうという習慣がある。知らないとビックリすることもあるが。

今週届いたのは、日本にも多数の新聞に知らされたのだと思うけど、70年間も断食をしてきたインド人が存在するという。食べ物はもちろんのことだが、お水も一切飲まないという。70年も病院で医者に診断しながらこういう断食を続けたわけでもないが、しばらく入院して本当に断食しているのを診断されたようだ。

驚くに、水が飲まない。食べ物も一切食べない。本人によると、太陽からエネルギーを受けて生きているという。

個人な意見なんだけど、70年もこういう風に断食をしたことが本当なのかどうかよく分からない。多分、たまたまおやつとか食べたんじゃないかなと思う。けど、入院してしばらく診断されて、食べ物も水も体に入れずに生きていることが、謎的に、確認されたことが、深く考えさせられる。

私の平凡な生活の方が、暗黙に、「普通」であることのように思い込んでしまうのじゃないか。人間って、こういう都会での生活より、もっと広い/豊な経験でなきゃいけないのかなと?いろいろ考えさせるようになってきた。

このインドのお爺ちゃんを見て、自分の人間経験にボーダー(制限)をつけたなとふっと思った。

日常生活でいろいろ忙しい自分は、人間体験の範囲の豊かさをそんな簡単に忘れたしまったのか、また…

誰か、このインド人の住所が分かったら、教えてくれませんか?ありがとうを伝いたいからね。

以下はその経験を今も、頑張って(?)続いているインド人:

仕事や日常生活でスピリテュアルの世界と遠くなることはよくある。家賃を払うという現実があるから、スピリテュアルを暫く横に置いてちゃんと仕事に集中しないと!や、もっと具体的なことの方に傾かないと!などという念いに襲われてくるのは普通で、僕はたまたまそういう考え方にスイッチする傾向がある。(傾向と言っても「クセ」かもしれない。)

ただ、人生って、日常生活の範囲を遥かに超えるものだというのは確実。そこで、広い範囲で人生を送ることはスピリテュアルなチャレンジなのか、日常生活のレベルをロボットみたいに自動的に人生を生きることにならないように注意(意識)を注がないと!最近フッと改めて思った。人生を受け身として体験するより、積極的に意識を使って、毎日の体験の中で何が勉強できるか、宇宙からどんなレッスンが届けるのかといろいろ考えると、小さい内なる声が聞こえてくるようになる。そういえば、その内なる声、久しぶりだったな。

それは宇宙の方に耳を傾けるということ。もちろん、方法としてはそれぞれあるんで、人それぞれ個人な方法もあると思う。

「ね、宇宙、ちょっとヒントしてくれない?最近はあまりスピリテュアル的にバランスが取れてないような気がするけど...」と最近聞くと、宇宙からの返事はよく「本」の形で返ってくる。

先週、宇宙くんに出会わさせた本は「あの世から声」のテーマの本とDan Millmanの「癒しの旅ーピースブル・ウォリアー」なのだ。

去年、まだ台湾に住んでいた時に一度スピリテュアルな映画をネット上で見たことがあって、俳優や有名人物の名前に興味ない僕は名前を覚えずひたすら作品に集中するしがちがるから、タイトルさえ覚えてなかった。この「癒しの旅ービースブル・ウォリアー」という本のカーバーが目に現れた時、最初はあまり興味引かれなくて読みたくないなと思ったけど、内なる声が「これ読んで!」と...矛盾。中古で3ユーロだったから、まあいいや買おうと手に入れたけど。三冊揃って購入し、二冊が「の世からのメッセージ」というテーマの本とダン・ミルマンの一冊。これを最後に読もうとさっそく他のを読み始めた。次の日は家から出る前に読み始めた本と他のもがどうしても手に入れなかった。通勤の時に地下鉄の中で読むのが好き僕はしょうがなく、Dan Millmanの方にする他なかった。読み始めたら、ストリー(彼自身が経験したスピリテュアルな冒険)は台湾でみた映画の続きだったのを気がついて、びっくり。

一年前に見たその映画は、あの時、よく魂に響いていた。あの時、シピリテュアルの世界とのコネクションは深くて、台湾でいろいろ自分の人生に省みることがあったから、この映画はちょうどいい時に現れてきたのだ。

今度、この本も、ちょうどいい時に出てきたのだ。

主の内容は「内なる声は宇宙とのリンク」。マインドを静にできると宇宙に溶け込むことができ、宇宙と一体になる感じに近く、宇宙のダイナミックが自分のダイナミックとして感じれるようになる。つまり、宇宙の音波と調和すること。

それは、まず、自分の人生を省みる必要があるという。自分が経験する「人生」は、方向的に自分が選んだ人生なので、「被害者」として自分を見ることがどうにもならない見方で、宇宙に備えてくれた経験をポジティーブ的に見直して、勉強できるギフトとして見ると、人生の全てを心深くエンジョイできるようになるという。

不満や不足感は、宇宙の方向を理解せず、宇宙に対して向かって生きるからだとその本のメイン内容なのだ。

意外と、宇宙の方向へ流れて行くと、ちょうどいい時にちょうどいい人にちょうどいい開会に出会ったりするのが「縁」であって、宇宙の備え、宇宙の動きに合わせた現象だといっても過剰ではないでしょう。

どうやって宇宙の音波に合わせるようにすればいいと、疑問に思っていたが、宇宙の方向へ行きたければ、その意志だけで十分だと、最近も改めて実感した。

小さいものだけど、それだけで、生きて良かったと思った。

以下は、家から撮った写真。夕べのパリ。夏になると、日が10時に沈むようになるから、毎晩はこんなに美しくなる。

メルビン・モースという臨時体験を経験した子供たちの証言を集めて、幽体離脱について研究しており、脳に「神とコネクションさせる」部分があるという結果を発表した彼が、この本に詳しく調査とその結果を紹介「Where Gog lives」(フランス語の出版は「聖なコネクション」というタイトルになっている。日本語のバージョンは、残念ながら、見つかれなかったが、誰かこの本をご存知でしょうか?)

宇宙と一体感というワンネスの体験、臨時体験の時に経験する神さまとの出会い、テレパティー、将来を見ることができることも、あらゆるシピリテュアルな体験は脳の右半球にあるエリアによるだそうだ。そのエリアを刺激されるとスピリテュアルな体験が起こさせるようだという。

臨時体験を経験した子供たちの証言を集めて、魂や体を超える次元の存在について子供の声に基づく研究をし、「皆が宇宙と繋がっているから、もう死ぬのが怖くないよ」や「神様の世界と連絡ができてから、この人生を無駄にしたくない」などの子供の証言を本に出版した彼の発表は、このブロッグに紹介したKenneth Ringの「Projet Omega」やワンネスと「宇宙と直接話し合う」の過去のポストを思い出させられた。

僕の生活の中で、この数年間前から少しずつ宇宙の声を聞こえる新しい「耳」ができたことが気がついたが、アメリカ人の心理学者がそれを研究して、ちゃんとした形でそれを発表として出すことができてとても嬉しかった。

彼は「祈り」について、僕が過去の「宇宙と直接話し合う」というポストに書いた内容と似ているのを説明していた。(宗教と祈りを別にして)祈りを「宇宙/神との直接話し方法」として見てもよいということ。そして、必ず返事が返ってくるということ。

2002年に出版された本だけど、僕は8年間後、魂にとってちょうどいい時間(?)にこの本にやっと出会ったような気がする。といっても、以前は経験不足だった僕はこういう本を読んでも深く意味が理解できなかったかもしれない。

いずれにしても、おススメな本です。

先週、アメリカのグレー宇宙人による拉致を経験した人に実際に会った。フランス人の人で、そういう宇宙人による拉致を理解しようと、公な呼びかけになればという目的で被害者を集めて、レポタージュを作っている団体に参加するようになった。その団体のメンバーはみんなフランス人。フランスでUFOについて本を出版したことある人も参加していたし、パリの(フランス各市に年に一回行う)UFOについて話できるミーティング(仏語:”Les repas ufologiques”、日本語:UFO的のランチ)を担当する人もいた。

はっきり言って、こういう団体に参加することは昔からいつもいやな感じがしていた。漫画オタクのように、UFOオタクのも存在する。こういう団体に参加する人はみんなそうという訳ではないけど、オタクになれる傾向がある人に出会うのがまれではないから、ちょっと...と思っていた。

UFOオタクとは? フランス人の自分から見たUFOのオタクはUFOに興味を持つのは、地球から脱出したくて違う惑星へ”亡命”したい人やUFOという飛行体のエンジンにひたすら集中し、スピリテュアルを無視するタイプなのだ。または、アメリカのグレー宇宙人による拉致被にしか興味を持っていないことで、「グレー宇宙人が人間の体に「証」を残すから、これで宇宙人との遭遇は証明できる、そうでない宇宙人との関わりは変わった人の想像だけだ」という考え方を持つ人も、UFOオタクというタイプに(僕が勝手に)入れる。

そこで、UFOオタクを批評するつもりもなく、どれが正しいのかを言うつもりもない。ただ、宇宙人とUFOの現象を捉えるために、一方な見方を持って、具体的な(つまり手で掴める物質的な)証を残した現象をしか考慮しないこと、またはUFOの物質次元(エンジンなど)にしか興味を持って、目で見る範囲でしかUFO現象を考慮しないことも、ちょっと残念じゃないかと。皮が何枚もあるタマネギを一枚でしか分析することと一緒じゃないかと思っているからだ。(また微妙な比較が出てきたが...)

アメリカのグレー宇宙人による拉致は、既に有名になっているけれど、人間の体からサンプルを取って、ハイブリッド(人間と宇宙人の雑種人類)を作る研究が主な目的だと見られている。なので、グレー宇宙人との遭遇は、スピリテュアルな次元どころか、コミュニケーションはそこまでもなく、グレー宇宙人に出会った人間はギネアピッグのようにこの宇宙人たちに扱われて、ショック的な経験になるのは一般的なのだ。

僕自信は、グレー宇宙人に出会ったことがない。グレー宇宙人が存在するか、拉致現象も存在するかは自分自身で証明できないし、本当にあるか、自分も未だによく分からない。ただ、それを50年前以上からずっと証言する人の声の数を否定できない。

この団体に参加した時、そういう経験のあるフランス人に会った。それに、彼はビデオカメラの前でそういった経験を紹介して、ああいうショック的な経験を気持ちをそのまま表すて語っていたのだ。

この経験はあまりショック的で、彼は話途中で涙も出た。

宇宙人に出会った経験もある自分は、それでもなぜか、そう簡単に彼の話を信じられなかった。あの涙は本当なのかと。

自分から相手を信じられなかったら、当然、他の人も自分の経験が本当なのか疑うのが当然だなと思った。改めて、このブロッグに前に書いたポスト「形と内容」に戻ってきた。形より内容。

「宇宙人に出会ったこと」より「何を学んだのか」。宇宙人に出会ったことを紹介することや証明することに尽くすエネルギーは無駄。物質な証明は不可能だし、証明必要さえあるのかと。

あの時に参加した団体のメンバーたちは、明かに、グレー宇宙人事件派だったのだ。その時、ビデオカメラの前で宇宙人との関わりを紹介した自分も、変わった想像力がよく働く人しか見えなかったかもしれない。

確か、形より内容。

いつか、宇宙のどこにも存在する魂と自由に交換ができたらと、UFOや飛行体なしで、ただ魂同士でいつかできるといいな。でも、それまでは、まだ時間があると、自分もまだだなと改めて実感させられたような気がした。

アメリカのカリフォルニア州にあるレッドウッドス(Redwoods)という国家公園で、大自然、人間の手に殆ど触った事ことない自然の中で散歩/瞑想することで心が癒された。

千年、二千年以上の年齢を超えるセコイアの木の気を手で感じようと、自分の虚しさを実感させてくれる。生の気が肌で感じるほどセコイアの森。あれは、私たち人間の昔々の住むところだったのか。

そういう気配を持つ木が神道の中で神になれることが分かる。

大自然が豊アメリカ、地球の崩壊をリードするアメリカ、いつもと矛盾な気持ちがする。住みたいけど住めない。

セコイアの木、地球に2カ所にしか生きて残らないこういう木はジュラ紀から来たのは見た目で分かる。(カリフォルニア州と北中国にしか残らないという。昔は地球全面だったと想像するだけで、感動しちゃうね。)

セコイアの木、今まで生きてくれてありがとう。

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